わたしが水子について気になり始めたのは、ここ最近のことです。

若いころ、望まない妊娠をしました。相手におろしてほしいと言われたわけではありません。彼は、「一緒に考えよう」と言いました。

でも、わたしは、「彼が結局どうしたいのか分からない。もっと強く言ってくれたらいいのに」、「どうして、結婚しようと言ってくれないのだろう」と、相手に対する不満ばかりが爆発し、子をおろし、けんか別れのようになってしまいました。

後日、お互いにまだ若かったことから、「きちんと段取りを踏んで、周囲の理解も得られるようにしたかった」という彼の本心を聞きました。わたしは、そんなことにも気づけず、ただ怒り狂って・・・自分が何をしてしまったのかに気付いたのはようやくその時でした。

そうなってみると気づくのは、家の近く、松戸市内の神社やお寺にある、水子を祀ったほこらなどの数々。お供え物が、いつも新しいんです。きっと、わたし以外にもたくさんの女性たちが、せっかく授かった子を、結局おろしてしまう。やむを得ない理由があったかもしれないけど、心が傷つかないわけないです。

そこで今回、母のところに伺い、鑑定を受けることにしました。気持ちがとにかく落ち着かないのです。水子を祀ってある場所から、足が張り付いたようになって離れられないこと、見たこともないわたしの赤ちゃんの顔を繰り返し夢に見て、泣きながら目覚めること、自分はいったい、なんてことをしてしまったんだろうという後悔・・・

母の鑑定は、わたしの心の奥底を見透かすようでした。でも、とても安心することが出来ました。確かに、振り返っても仕方がないかもしれません。過去には戻れません。

でも、どうしても消せない哀しみってあるということ、そのことをきちんと自分で認められたこと。ようやく、わたしの水子についての存在を受け止められたというような・・・

時間はかかるかもしれません。でも、長年の心のしこりが少しだけ溶けてくれました。本日はありがとうございました。またお伺いします。