船橋の病院で、ベッドで一人で天井を見上げていた時の気持ちはいつまでも忘れることが

出来ません。

 

わたしにとっては待望の赤ちゃんでしたが、彼にとっては180度違っていました。「子供

を産ませてあげる」「子供を産んでほしい」「お金は出す」「わたしの子供がほしいんだ

」・・・彼の言葉を信じていた私がおろかでした。

 

彼とは、おろしてしまったわが子への罪悪感から、すぐにお別れしてしまいました。そん

なひどい目に遭わされても、わたし自身は彼と別れたいと思いませんでした。でも、授か

った命への申し訳が立たない。そんな罪悪感から、続けていくのは無理なことなのだと感

じたのでした。

 

わたしは、その後もひとり、水子への想いを抱えて生きてきました。日ごと大きくなって

いくのは、「なぜ、そんなことをしたんだ」という自責の気持ちです。思い浮かべる水子

は、決してわたしを責めません。顔かたちは分かりません。でも、その表情は、いつも優

しく微笑んでいくれているようです。「こんなに優しい子を、わたしは。なんてことをし

てしまったんだ」という考えは日毎に増していくばかりでした。

 

もう、一人では抱えきれなくなったというある日、船橋の母のもとを訪れました。母が鑑

定前に、黙って話を聞いてくれたこと。その時点で、自分でも不思議だと感じるくらい、

大変な落ち着きを得ることが出来ました。その気持ちは、これまで久しく感じることので

きなかった平穏さをもって、わたしを包み込んでくれました。

 

母の鑑定は、わたしにとっては、今後の道しるべとなるものでした。子をおろしてから後

、わたしの心の中は全く整理しきれていないことが分かりました。いろいろなものがぐち

ゃぐちゃになっていて・・・「このままではよくないですね」自分自身がこんな言葉を発

するとは思いませんでした。忘れられないつらい経験を経ていく数年、ようやく前を向け

た瞬間がわたしに訪れてくれたのです。

 

過去は変えられない。時間をさかのぼることはできません。でも、過去をうまく整理する

ことはできるのかも・・・一縷の望みかもしれませんが、ようやく光を見た。そんな母の

鑑定でした。